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アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
インターネットやTVゲームに登場する事柄です


※ミシシッピ州 State of Mississippiのパスカグーラ Pascagoulaにあるインガルス造船所は、メキシコ湾岸にある後発の会社である。1938年に創業したが、初めは小さな商船や作業船などを建造していたらしい。艦船の建造に参加したのは、1957年~1959年にかけて建造した駆逐艦2隻が最初。一方、リットン・インダストリーズ社 Litton Industries, Inc. は1953年創業の小さな電子機器会社で、それが電子機器や船舶、海洋構造物を製造する総合会社に成長する過程でインガルス造船所を吸収。現在の営業分野は、おもに航法、電子戦および指揮管制通信の各装置を扱うエレクトロニクス部門、海洋エンジニアリングと造船並びに種々の業界が要求する電気接続装置、印刷配線などの半製品や部品製品という三本柱である。各種揚陸艦や水上戦闘艦を建造。2001年4月から、親会社のリットン社はノースロップ・グラマン社 Northrop Grummanの傘下に入り、ノースロップ・グラマン・シップ・システムズ・インガルス・オペレーション Northrop Grumman Ship Systems' Ingalls Operationsと社名を変更
※インガルス造船所は、イーストとウェストの両ディヴィジョンに分かれている。ウェストの方は、モジュール建造方式に合わせて開発された新鋭工場。その特徴は、従来の造船所のように作業員が船に出向いて作業するのではなく、建造中の船が作業員のところに流れてくる点。自動車の生産方式に根ざした考え方だが、船を丸ごと流すわけにはゆかないので、モジュールが移動することになる。材料置き場の鋼板はクレーンおよびコンヴェアを使って小組み立てとモジュール組み立てが行われ、最終組み立てで船の形にまとめられ、ほぼ完成状態の船が船台に移される。このモジュールと完成船の移動は、全て油圧駆動の移動装置によって行われる。ウェスト・ディヴィジョンは、移動装置のネットワークが縦横に設けられた画期的な設備を誇る。工場敷地は3.23平方kmと非常に広い。メキシコ湾岸は、広大な土地と温暖な気候に恵まれた土地である。また、この地方は東部や西部に比べれば低賃金で、労働組合の力も弱いので、造船業のような労働集約産業に適している
※2025年6月13日にインガルス造船所で実施する艦艇乗組員向けのインフラ整備について。2028年6月まで
※2025年7月1日にインガルス造船所、造船所のインフラ投資に関する修正契約を受注。2033年12月まで
※2025年8月22日金曜日の朝、ミシシッピ州パスカグーラのインガルス造船所で銃撃事件が発生し、1人が死亡、容疑者1人が逮捕された。パスカグーラ警察は、広さ800エーカーの造船所内で捜索を行い、容疑者を拘留したと発表した。HII社も声明を出し、亡くなった従業員に哀悼の意を表している。事件は午前7時32分ごろに発生し、造船所の全従業員に屋内待機が呼びかけられた。午前10時過ぎには、警察が容疑者を拘束したことを確認した
※2025年12月5日に造船所のインフラ改善投資について、修正契約を受注。2033年12月まで
※2026年5月1日に造船所向けのインフラ投資と分散建造モデルの適用について、修正契約を受注。2032年7月まで
※第二次大戦後のモジュール工法の起源:現代のモジュール造船は、戦後の日本において、かつて戦艦大和を建造した乾ドックから始まった。広島近郊の呉海軍工廠は、1950年代に日本のIHI(旧・石川島播磨重工業)とアメリカン・ナショナル・バルク・キャリアーズ American National Bulk Carriersの提携により、民間造船所へと転換された。その際、ドイツと米国の造船業者の知見が活かされた。“日本の造船業者は、NBCが採用した新しい造船手法-これにより造船期間を劇的に短縮できたこと-や、船舶の大型化という潮流を主導するNBCの姿勢に特に感銘を受けました”と、元日本海軍の中山定義氏と千早正隆氏が1966年に「プロシーディングス Proceedings」誌で発表した日本の造船業に関する記事には記されている。日本の造船業者は数十年にわたってこのプロセスを洗練させ、家屋ほどの大きさのモジュールを建造した。そして、管理された環境下で配管やそのほかの艤装品を精密に配置し、それらをほかのブロックと接合・溶接して船全体を組み上げられるようにした。エンジン、ボイラー、タービンといった主要な構成部品は、それらを包み込むようにモジュール区画が構築される段階で組み込まれた。同時期、スウェーデンの造船会社Götaverkenもモジュール式造船法を開発していた。1968年、当時リットン Litton社の傘下にあったインガルス造船所は、スウェーデンのモジュール工法の原則に基づいた新しい造船所リットン・アドヴァンスト・マリーン・プロダクション・ディヴィジョン(Litton Advanced Marine Production Division: LAMP)を建設した。LAMPは、611エーカー(約247ヘクタール)におよぶ巨大な組立ラインとして設計された。軍艦は「グランドブロック grand blocks(巨大ブロック)」に分割され、専用のレール網の上で車輪付きの台車(クレードル cradles)に乗せられ、造船所内を移動した。同造船所はこの手法を用いて、米海軍向けのスプルーアンス級駆逐艦31隻を建造した。1970年代、オハイオ級原子力弾道ミサイル潜水艦の建造計画において、モジュール方式の採用は引き渡しまでの期間短縮に寄与した。ジェネラル・ダイナミックス・エレクトリック・ボート General Dynamics Electric Boat(EB)社は、一部のモジュールの製造をコネチカット州グロトンの造船所から、ロード・アイランド州クオンセット・ポイントに新設された専用施設へと移管した。製造されたオハイオ級のモジュールは、ナラガンセット湾からテムズ川を遡り、艀でグロトンまで輸送された。1990年代後半、連邦議会はEB社とHII社(ニューポート・ニューズ造船所)に対し、ヴァージニア級潜水艦の各区画を分担して建造するよう求めた。両造船所は最終組み立てを行うために東海岸沿いで区画を艀輸送し、交代でそれらを接合して完成艦を引き渡す体制をとった。この協力体制はコロンビア級潜水艦の計画にも引き継がれており、2016年の海軍の発表によれば、HII社が艦首・艦尾区画を、EB社が中央船体(バレル)区画をそれぞれ担当することになっている。なお、コロンビア級の完成作業はすべてEB社で行われる。こうした協力体制がとられた背景には、やむを得ない事情があった。冷戦終結後に防衛産業の基盤が縮小する中、米国内に2つの原子力潜水艦建造拠点を維持するためのリスクヘッジ策として、この体制が採用された。1997年、海軍の調達担当トップであったジョン・ダグラス John Douglass氏は上院軍事委員会への書面による声明の中で、この協力体制について“潜水艦の低頻度生産を維持するための合理的なアプローチである”と述べている。それから30年が経過した現在、海軍と造船各社は、受注残の積み上がり、AUKUS潜水艦計画に伴う国際的な責務、そして引き渡しの遅れといった課題に直面している。“分散型造船”は、こうした新たな一連の課題に対する、古くからある解決策なのだ

↑Ingalls Shipbuilding photo. Image courtesy of USNI news.

※インガルス・シップビルディング社の役員会議室には、1977年に撮影された、スプルーアンス級駆逐艦が同社の造船所内を次々と進んでいく様子を捉えた写真が飾られている。その光景は、デトロイトの自動車工場の巨大版のようだ。“スプルーカン Sprucan”の愛称で呼ばれた同級艦のモジュール群に作業員が群がり、組み立て中の軍艦の上空には超高層ビル並みの巨大な移動式クレーンがそびえ立っている。写真の下にある銘板には、“従業員数:23,707人”と記されている。“多くの人が見落としがちなのは、その2年後の写真です。そこには10,800人の造船所労働者の姿があります”と、インガルス・シップビルディング社のブライアン・ブランシェット Brain Blanchette社長は、8月に同造船所で行われたUSNIニュースのインタヴューで語った。“わずか2年の間に労働力は半減しました。当時は、労働力が『再生可能な資源』だと見なされていたからです” 現在の従業員数が11,000人であるインガルス社は、1970年代の最盛期と同様の広大な作業スペースを維持しているが、肝心の労働力を確保できていない。あの写真が撮影された当時と比べ、米国の造船労働力は40%減少した。さらに、メキシコ湾岸地域では、インガルス社、オースタルUSA、ボリンジャー・ミシシッピ・シップビルディングといった企業が互いに通勤圏内で競合しており、労働力の奪い合いは激化している。“状況は変わりました。労働力は貴重な資源です。私たちはそれを守り、計画的に管理し、戦略的資産として扱う必要があります”とブランシェット氏は述べた。労働者の賃金を引き上げる新たな労使協定の締結により、インガルス社の労働力は現在安定していますが、労働力の供給増は進んでいません。そのため、海軍とHII(親会社)は、インガルス社に対し、一部の業務を他の造船所へ移管するよう促している。海軍の承認を得て、インガルス社はパスカグーラにある拠点の業務の一部を、認定を受けた外部の造船所ネットワークへと移管し始めている。これらの造船所は、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦を構成する78個のブロックのうち最大37個を製造する能力があり、この移管によってインガルス社は自社の限られた労働力をより有効に活用できるようになる。“我々は生産の初期段階、特に構造ユニットの建造や艤装といった作業の一部を、メキシコ湾岸の他の造船所と提携して進めています。提携先は、艀による輸送が可能な距離にありつつも、労働力を奪い合う競合関係にはならない程度の距離にある造船所を選定しています”とブランシェット氏は述べた。フロリダ州のイースタン・シップビルディングとテキサス州のガルフ・カッパーは、将来のミサイル駆逐艦「サッド・コクラン Thad Cochran」(DDG-135)に向けた試験的プログラムの一環として、両造船所で計4つのブロックを建造した。今後の作業については、さらに多くの造船所に割り当てられる予定だ。インガルス社は現在、サン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦フィラデルフィア Philadelphia(LPD-32)を対象とした8ブロック構成の試験的プログラムを開始しており、続くトラヴィス・マニオン Travis Manion(LPD-33)についても、より多くのモジュールを外部委託する計画を立てている。インガルス社が分散型造船方式を採用したのは、20年前のことだった。当時、それは自発的な選択によるものではなかった。2005年8月29日、ハリケーン“カトリーナ Katrina”により、高さ22フィート(約6.7m)の水の壁が造船所を襲った。この被害は、10隻近くにおよぶ軍艦やカッター(沿岸警備隊の巡視船)の建造スケジュールを大きく狂わせることとなった。“パスカグーラ造船所では、運搬用車両、移動台車、電気システムなどの設備が水害を受けたほか、建物の屋根が風害に見舞われました”と、そののちの保険金請求訴訟における法廷提出書類には記されている。“ハリケーン当日の写真には、造船所内でトラックが水に半分浸かっている様子が写っており、[造船所管理者のスティーヴ・ピアース Steve Pierce氏]は、造船所内の一部の建物が6~10フィート(約1.8~3m)の高さまで水に浸かったと推定しています”インガルス社、ミシシッピ州のガルフポート造船所、そしてニュー・オーリンズのエイヴォンデール造船所は、総額$1,200,000,000に上る被害を受けた。その結果、インガルス社は造船計画、とりわけサン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦の建造計画を継続させるために、メキシコ湾岸のほかの造船所へ業務を委託せざるを得なくなったとブランシェット氏は語った。“当時は、どちらかと言えば生き残りをかけた状況でした。戦略的というよりは戦術的な対応であり、その経験から多くの教訓を得ました”と彼は述べた。グリーン・ベイ Green Bay(LPD-20)、ニュー・ヨーク New York(LPD-21)、サン・ディエゴ San Diego(LPD-22)、アンカレッジ Anchorage(LPD-23)、そしてアーリントン Arlington(LPD-24)は、いずれもメキシコ湾岸各地の造船所でモジュールが建造された。インガルス造船所にとって“分散型造船 distributed shipbuilding”がふたたび実行可能な戦略として認められると、同社は2005年に協力造船所ネットワーク向けに策定していた技術仕様や品質管理プロセスを再び活用し始めた。“文書として記録に残していたため、それらの情報が失われることはありませんでした。私たちは、分散型造船のパートナー企業に提供する内容を確実に理解してもらえるよう、技術資料を明確かつ分かりやすいものにすることに多大な労力を注ぎました”とブランシェット氏は語った。“その結果には大変満足しています”

↑PASCAGOULA, Miss. (Aug. 1, 2023) - An aerial view of the Ingalls shipbuilding facility in Pascagoula, Miss. Ingalls Shipbuilding division has been awarded a multi-year procurement contract for the construction of six Arleigh Burke-class destroyers for the Navy. The contract includes options for additional DDG-51 ships and for engineering, design and post-delivery efforts. Ingalls has delivered 35 Arleigh Burke-class destroyers and has four currently under construction. (U.S. Navy photo courtesy of HII)

↑The whole view of the Ingalls shipyard. An area on the screen is the west division which makes warship building a major.
'It's Never Going to Be Easy' 2024年10月14日のUSNI newsの記事より
※同社は、1989年にイスラエルからの依頼で、以下の艦も建造した

↑Image courtesy of Shipbucket.


※カリフォルニア州 State of Californiaのロサンゼルス Los Angelesのサン・ペドロ San Pedro地区とロング・ビーチ Long Beach市街の間にあるターミナル・アイランド Terminal Islandに所在した海軍の造船所。1943年2月9日に海軍長官は合衆国海軍乾ドック、ルーズヴェルト基地、カリフォルニア US Naval Dry Docks, Roosevelt Base, Californiaとして施設を設立。1945年11月30日のターミナル・アイランド海軍造船所 Terminal Island Naval Shipyardに名称変更、1948年3月にはロング・ビーチ海軍造船所 Long Beach Naval Shipyardとなる。1950年6月1日に不活性化される。朝鮮戦争開始後、造船所の再活性化は1951年1月4日に指示。それ以来造船所は、南カリフォルニア・エリアで艦隊のサポートを提供してきた。ロング・ビーチ海軍造船所は全般的なオーヴァーホールと海軍の非核水上艦船のメンテナンスで構成されている。1997年に閉鎖
※総面積は0.86平方kmで内、0.48平方kmは工業地域。120の恒久施設、39の半恒久建築物、6つの仮設建築物、計165の施設。0.22平方kmの建築用敷地。3つの乾ドック、陸上クレーンは能力25t~67t、海上クレーンは能力25t~112tのものがある。1945年8月には雇用労働者数は16,091名だった(1984年には海軍軍人45名、民間人6,770名)


Update 26/10/20